富内駅跡
つい先日、きっかけは忘れてしまったが、旧穂別町に国鉄の駅があったことを知った。

散歩のついでに穂別を通る事が何度かあったが駅跡を見たことは無かった。
このため、Wikiで穂別駅を調べてみると、隣の富内に駅跡が残っているとのことから、足を伸ばしてみることにしたのである。

穂別や富内を通った「富内線」に関しては、ここを参照してほしい。
駅舎に入ると、正面に運賃表が掲げられている。

昭和61年の運賃表だろうか。富内駅跡に掲示されているが、富内駅自身が掲示されていること、穂別駅が無いことから、この運賃表は穂別駅のものと推測できる。

現在の運賃と比較してみよう。
既に富内線や穂別駅は存在しないので、単純に現在との比較は出来ない。そこで、穂別や富内から最も近い現存する新夕張駅を基準にしよう。

穂別から
昭和61年
(1986年)
新夕張から
平成24年
(2012年)
札幌 2400 1600
苫小牧 1220 1410
室蘭 2400 2420
函館 5200 6700
青森 7200 7980
東京 14000 14070

札幌を除き、各駅は新夕張のほうが若干遠いのであるが、ほとんど運賃が同じだ。(札幌に関しては、新夕張のほうが近い。穂別駅や富内駅から札幌に向かうには、日高本線を経由するので新夕張→札幌の経路よりも遠回りになったものと予想する)

つまり、昭和末期から今日(平成24年)まで、運賃はほとんど変化していないのである。
中の様子。

この駅の備品が、「鉄道員(ぽっぽや)」(高倉健主演、広末涼子も出演)の撮影に使われたとのことで、備品と広末涼子が写っている写真が掲示されていた。
駅長の席だろうか。

色あせた広末涼子...
ホーム側から駅舎を見る。

この後、唐突にどしゃぶりとなり、写真右に見える改札口の所で15分程度であろうか、少しの間、雨宿りをしていた。
雨宿りをしていると、散歩中らしき地元の背筋のしゃっきとしたおじいさんも雨宿りに来た。
7〜8分程、この辺りの昔の話(この近くに、炭鉱や鉱山があったころ)を頂戴し、雨が小降りになったところで解散?となった。


この動画は、駅内とどしゃぶりの様子を写したものだ。
後半からどしゃぶりの様子が写るが、雨音がするので再生時はボリュームに注意してほしい。
雨が上がった。


線路跡を少したどってみよう。
穂別駅方面。
(おそらく南西)

左に見える青い客車内部に富内駅等に関する写真パネルが掲示されているらしいが、入ることも出来ず、また窓は内側から目隠しされていて見ることは出来なかった。
幌毛志駅(ほろけしえき)方面。
(おそらく北東)
左の、空に向かう線路は「ほべつ銀河鉄道運動」に伴う銀河鉄道をイメージしたオブジェである。
これ自体は平成11年の穂別村長の構想によるものであるらしい。
さて、銀河鉄道と言えば宮沢賢治であるが、宮沢賢治と穂別町の繋がりの始めは次のような経緯である。

1947年の穂別村長(横山正明氏)が師と仰いでいた詩人-浅野晃氏が宮沢賢治を敬愛していたことから、横山氏も宮沢賢治の思想・精神を穂別に生かしたいと考えて穂別町に「賢治観音」を作ったとのことである。(この観音像は現存しているらしい)

参考情報リンク
賢治観音に関して
富内駅(Wiki)
↑帰り道も穂別を通るので、公園で少し休憩を取った。
夕焼けが綺麗だったので、車を降りて写した。

標識がじゃまだな。