九州遊行(2021/10/2 最終日)

広島電鉄宇品停留場
広島電鉄宇品停留場
観光最終日、ただ帰宅するだけの移動では交通費も時間も活用できていない。そこで広島港と三原港を渡る「せとうち島たびクルーズ」を利用することにしたのである。
ちなみに、JR西日本は「せとうち島たびクルーズ」と称しているが、運航会社である瀬戸内海汽船は「瀬戸内しまたびライン」と称している。「せとうち島たびクルーズ」は数年前の呼び名のようであるが、JR西日本はどうしたのだろうか。
7:11の広電で広島駅を出発し、7:41に広島電鉄宇品停留場に到着した。
乗船手続き開始時間まで乗り場付近をぶらついていると「シースピカ」が入港してくるのが見えた。
なんとなくこじんまりした船体の大きさである。
広島港に停泊するシースピカ
乗船開始
出航は8:30だ。
呉港
広島港→グランドプリンスホテル広島→呉港に到着した。呉港では海上自衛隊艦船の近くまで周航する。
「大和のふるさと」と記された建物の場所で戦艦大和が建造されたそうである。
呉港の海上自衛隊艦
「105」は「いなづま(護衛艦)」
呉港の海上自衛隊艦船
現代では大和のような大砲は使われないのだろうか。なにか物足りない。
呉港の潜水艦
並んだ潜水艦
シースピカ船内
乗船中はほぼオープンデッキで景色を見ながら過ごした。
シースピカ船内
音戸の瀬戸
音戸の瀬戸
動画で波模様を見ていると何となく速さがわからないだろうか。
思いもしない程度に船足が早く、徐々に加速するというよりぐいぐい加速するのである。
安芸灘大橋(あきなだおおはし)
安芸灘大橋
下蒲刈島(しもかまがりじま)丸谷港に停泊するシースピカ
下蒲刈島(しもかまがりじま)の丸谷港に到着
丸谷港には70分停泊する。その間は船内清掃を行う等のことで船から追い出される。
港から600[m]程度の範囲に美術館や番所跡等があるが70分という半端な時間で下手に見学等をすると出発時間に遅れかねず、そもそも晴天の炎天下で体力が搾り取られて何かを行おうという気力もおきなかった。
それでも船からは追い出されてしまったので道路沿いを少し歩いてみることにした。
下蒲刈島の長雁木(なががんぎ)
丸谷港から約400[m]の場所に「長雁木」がある。雁木とは船着場で船荷を積み下ろしするために使う階段のことである。「長」はなんなのか分からない。
地元の方が話しかけてきたので、そのついでにどこか座って休める場所がないか伺ったところこの先に休憩所があるとのことだった。さらに500[m]程歩いた先に「海浪満(うみろまん)」という食堂の隣に無料休憩所があった。
船内で聞き知ったのか休憩所内のチラシで知ったのか失念してしまったが郷土料理の「じゃこ天」というのがあり、それが休憩所近くの「海駅三之関(かいえきさんのせき)」で販売されていた。丁度空腹だったこともあり食べてみた。
注文すると揚げてくれるので出来上がるまで数分待つ。見た目はさつま揚げであるが、味はかまぼこに近いような気がする(さつま揚げもかまぼこもほとんど同じであるが・・)。すこしだけあらびきの塩(姫ひじきの塩らしい)が振りかけてあった。
瀬戸内海の軍艦島契島(ちぎりしま)
瀬戸内海の軍艦島と言われているらしい「契島(ちぎりしま)」
艦橋のような煙突や低く広がる構造物が軍艦のように見えるのだろう。これらの設備は現役の鉛の製錬工場とのことである。
引き続き大久野島へ向かう。
大久野島のうさぎ
大久野島は過去に来たことがあることや停泊時間が30分だけなので兎だけを目的にすることにした。
乗船客向けに1袋100円でエサを販売していたので購入し大久野島に上陸する。兎がいないか地面を探していると草木の日陰に何匹か見つけられた。
兎を見つけたので近寄ると、兎もエサをもらえると心得ていて寄ってくる。
この3匹の近くにもう1匹いるが、3匹中の1匹がどつくのでエサにありつけずにいた。かわいそうに思いエサを分けてあげたのであるが、特に感謝したそぶりもなく食べ終えるとそそくさといなくなった。これだから兎は・・。
ところで。動画をみて気づいたかもしれないが顎の下がたるんでいないだろうか。これは人間と同様に太っている証なのだろうか。
大久野島のうさぎ
コロナ禍で観光客が減り兎も減ったそうである。観光客の与えるエサが繁殖数に大きく影響しているようである。
顎のたるんだ兎の存在からエサが減って餓死したのではなく、新たに生まれる数が減少しただけなのではないかと根拠なく予想する。
大久野島を出航すると次は終着となる三原港である。
三原港
三原港に到着し7泊8日の観光が終わった。きびしくつらい現実世界に引き戻される時である。