東西南北
9月27日朝。神戸−西神中央駅の近くにあるホテルの窓からの風景だ。
旅程は9/27〜9/29の2泊3日だが、9/27と9/29は移動だけなので、観光は9/28に行う。
目的が「JR最西端の駅に行く」だったので、佐世保に宿泊しようと考えていた。
しかし、ちょっと調べてみると駅以外に行くところが無かったので、長崎に宿泊し佐世保駅にはレンタカーか電車で行くことにしたのである。

ここは長崎駅。
写っているのは、乗車した博多13:55発の特急かもめ25号だ。
↑写真の右側5分の1程度が長崎駅で、残りは商業施設である。
9月28日朝。路面電車で出島まで来た。北→南向きに出島を見ている。この向きは、陸から海(長崎湾)を見る方向だ。
左側に壁が一部欠けている所が見えるだろうか。そこが出島と九州を結んでいた箇所であるが、今は何も無い。
出島周辺はすっかり埋め立てられてしまい、島では無くなっている。手前の川(中島川)も埋め立て前は海であった。
これらの建物は全て復元である。

三角屋根の建物はカピタン館と言い、カピタン(商館長)の住居である。
2階の様子。
同じく2階の様子。
当時も畳の上に机とイスを並べていたのだろうか。
『現在も発行されている』とのことから、後で調べてみようとメモ代わりに撮影した。

まずは表紙に見える3つの単語の意味を調べてみた。

ENKHUIZER どうやらオランダの地名らしい。
Almanak 年鑑
ALGEMEEN 辞典

"ENKHUIZER"をgoogleで調べているとオランダのこのサイト(googleによる日本語翻訳版はここ)に行き着き、そしてこれが現在の発行元で間違いないと(勝手に)結論した。

と、いうことで現在でも発行されていることを理解したのである。

ちょっとした調べごとを通して、あらためてインターネットの力を実感した次第である。

ちなみに『Enkhuizer Almanak Museum』という博物館もあるらしい。行ったことのある人は、どんな所なのか教えてほしい。
↑ミニ出島。上の写真と同じく陸から海(長崎湾)を見る方向である。
出島見学を終え、路面電車を乗り継いで大浦天主堂まで来た。

逆光なので、建物本体が暗く写ってしまった。

写真の通り、この日は天気が良く、北海道から来た私には「真夏に戻った」ような暑さであった。
出島で購入したポカリスエットをちびちび飲みながら、坂道や階段を上り下りした。
階段を上がった所から撮影。
入館料を支払えば中に入ることができるが、内部の撮影は禁止である。
ところでWikipediaには内部の写真があるが、許可されたものなのだろうか。
爆心地へ行くために電車一日乗車券に記載されている路線図を見ると『長崎西洋館(路面電車史料館)』とあったので、どんな所なのか興味が沸き、行くことにした。
また、この近くに爆心地があるので、移動時間が余計に掛かることもない。

何の根拠もなく博物館系を予想していたが、実際は洋服店や喫茶店等が入居している普通の商業ビルだったので、ちょっと期待はずれだった。
3階に史料館がある。
無料なので多くを期待してはいけない。

過去の設備や、国内の路面電車に関するパネルが展示されている。

運賃と共に米や豆腐、映画館等の料金の変遷を記したパネルがあり、現在の運賃(120円)は平成21年10月から、そのまえは昭和59年6月から100円だったそうである。
これに匹敵していたのは豆腐だけで、これ以外は最低でも50円以上の値上がりであった。
ちなみに路面電車を運営している長崎電気軌道株式会社は私企業である。
長崎市内の有名な観光地を周るだけなら路面電車の利用をお勧めしたい。
本数も多く、路線もシンプルなので、タクシーやレンタカーよりも経済的に観光できることだろう。
次に、ここから歩いて10分程の原爆の爆心地にまで来た。

中央の碑の上空500mが爆心地である。

広島で被爆し、疎開先の長崎でも被爆した人もいたそうである。
↑高台から爆心地(右4分の1あたり)を望む。
爆心地を後にして長崎駅まで戻ってきた。
次はJR最西端の佐世保駅だ。
長崎から佐世保には1時間毎に快速電車が運行していて、次は15時発であった。
しかし、長崎駅に到着したのがほぼ15時で乗車できなかった。次は16時発なので、中途半端な1時間をどう過ごすか思案していたときに、高速バスでも佐世保駅に行ける事をふと思い出した。

出発地も到着地も同じ電車とバス。競合すること間違いなしなので、それぞれの運行時間は重なっていないと予想し、バスターミナルに向かった。(バスターミナルは、この写真の左外にある)

電車の15時発に対し、バスは15時30分発。予想通りだ。
早速、切符を買い佐世保に向かった。

ちなみにバスの切符は『長崎県営バス』で、バス自体は西肥(さいひ)バスであることに乗車してから気づき、切符が無駄になる!と少しあわてたが、この2社で共同運行しているので切符は無駄にならなかった。
↑17時10分頃。佐世保駅東口に到着した。最東端(東根室駅)最南端(大西山駅)、最西端(佐世保駅←今回)の3つを制覇した。
どこかで見た顔・・・
桃鉄の貧乏神のような気がする。
佐世保駅とどんな関係があるのだろう。
こちらは港口。
地図を見ると分かるが、何もない。
駅を出て直進すると、障害物もなく海に落ちる。








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↑港口を直進すると港に着く。右にはフェリーターミナルが見える。フェリーターミナル(西向き)を正面に南に約100度の範囲を写した。
JR最西端を示す何かが無いかと駅内を見渡すと、目立たなく、しかも、さびしい隅にこれが置いてあった。
もう少し目立つ所にあっても良さそうな気がする。
タイルと白塗りの壁、そして木製の碑が、殺風景・無機質を強調していた。

行きも帰りもバスだと、JR最西端の駅に来た価値が下がる?と思い、帰りは18時11分発の電車に乗車した。快速ではないので長崎まで約2時間半の間、車内で揺られることになった。
9月29日。帰宅する日だ。↑駅前の風景。中央からやや左側の三菱の看板を掲げているビルがバスターミナルで、ここから佐世保への高速バスに乗ることができる。そして、2階の「長崎県物産館」のレジで路面電車の1日乗車券を購入できる。
蛇足であるが、パスターミナルの右の路地を直進した突き当たりに長崎オリオンホテルがあり、ここに宿泊した。
↑駅裏の風景。長崎は山に挟まれているのである。
山間で平地が少ないため、市中心部の建物の密度が高い。このため、一般的な地方都市の寥寥(りょうりょう)しさが無く、賑やかな感じがする街であった。


そして・・・
次は最北端の稚内駅へ行こうなどと考えながら長崎を後にした。